咲野BLOG

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ご無沙汰しております。
また長くなっております。ご覚悟を!

ミュージシャンがレコードやCDのアルバムを造る時、曲が終わって次の曲が始まるまでの間<曲間>には色々な思いや狙いを込めるそうです。
確かに暗く悲しい曲の後に明るい脳天気な曲が来る場合と、ハッピーで乗りのいい曲が2曲続く場合では、聴き手の感情に合わせた間がそこにあるかないかでアルバム全体の印象が違ってきます。
ところが、最近は携帯音楽プレーヤーの普及で、皆さん好みの曲を好みの順番で編集してしまうため、その辺の演出がどの程度伝わるのか疑問だ。と嘆いているミュージシャンの言葉を読みました。

我々もお芝居を造る時、台詞と台詞の間、台詞の中のセンテンスごとの間、BGMの入るタイミング、果ては場面転換の暗転の時間など、あらゆる部分で<間>というものを考えます。

暗転は、セットや小道具の入れ替え、衣装替えなど物理的に必要な時間も勿論影響してくるのですが、どうにかそれを物理的に退屈な時間と感じさせない様、細心の注意をはらいます。

海外ドラマや映画にも、その<間>というものは存在します。
例えば台詞やBGMが一切無く、主人公の呆然とする姿がしばらく映っていたり、音も何もなくただ風景が映っていたり、また登場人物が色々な感情から台詞のセンテンスごとに<溜め>を作ったりする演出です。

日本語で吹き替える場合も、勿論オリジナルの間を極力尊重し、<溜め>や<間>を再現すべく努力する訳ですが、どうしても再現出来ない物も実はあります。

オリジナルの言語で書かれた手紙やメモが映る場面や、テロップが出る場合です。
日本語による字幕処理で内容を表現する方法もありますが、前後の流れから、そこにも日本語を付けるという事があります。

重要な事が書かれたメモや手紙が画面に映り、誰がそれを読んでいるのかはっきりさせたい時や、状況を説明するテロップをナレーターが読み上げたりする場合です。

ここに乗せる日本語表現が難しいのです。元々オリジナルの音声が無いわけですから、感情を込めて読むのか、それとも客観的に読むのか…、しかもオリジナル音声が無いという事は、そこはあえて音声的には<間>という演出が施されているという事でもありますから、そぐわない事をやればオリジナルの演出を壊す事にもなりかねません。

こういう微妙な部分に我々日本語吹き替えキャストとスタッフの思いや狙いが込められているわけですが、これもミュージシャンの曲間への思い入れと同じで、違和感が無ければ素通りされてしまう物です。

しかも我々の場合、字幕版・吹き替え版、どちらでご覧頂いても、片方ご覧頂いただけではその違いは分からない些細な物です。
今はDVDもBlu-rayも、割と簡単に音声切り替えを出来ます。そんな些細な変化に興味がありましたら、是非一度お試しになってみて下さい。
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