咲野BLOG

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クオリティ

最近、前にもましてクオリティというモノについて考える様になりました。


勿論、いろんな人間がいろんな主観を持ち寄り、想像を超えるものを完成させる事、それが物事に携わる者の理想である事に違いは無い訳ですが…。

ここで注意しなくてはいけないのが、各自の到達点の設定です。
同業者が集まっている以上目標は同じと錯覚しがちですが意外にバラバラなのです。


その到達点、もしくは目標とする場所が同じ場所では無い場合、ある種の摺り合わせが必要になるのです。

その摺り合わせとは、目標を遠くに設定している者にとっては妥協になり、目標を近くに設定している者にとっては高望みになる訳で、複数の人間が携わる場合にはより複雑な摺り合わせ作業が必要になります。


昔から「目標は高く持て」といいますが、必ずしも遠くに設定する事が良い事でも無かったりします。
そこには個人の実力、スキルといった客観的要素も深く関わってくるからです。

自分の設定した到達点が必ずしも集団の掲げる目標では無い…。
そう言い切ってしまったら集団で何かを造り上げる作業そのものを否定してしまう様に聞こえてしまいますが、この事に目を背けて作業に関わってもいけないと最近良く思うのです。

万人の求めるクオリティとは一体何なのか…。

戦争の早期終焉の為と云われ原子爆弾の開発に携わった科学者達が考えた到達点とは何だったのか?大量殺戮兵器の完成?その先の有効利用?

原爆は悪、原発は善と云われて約五十年、しかし原爆も、目的通り戦争を終結させたという点では当時のアメリカにとっては善だったのです。原発も、今回の震災で色々な事が露呈するまでは地域に大きな経済効果をもたらす善の施設だったはずなのです。

万人の求める到達点、万人の求めるクオリティとは?
んー、難しい問題です。
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コメント

暑いですね…

毎度、深夜に失礼します。
そろそろペルセウス流星群の活動時期なのですが、今年は
しっかり満月前後の月が照っているので、流星は見づらいかも
しれません・・・

原発は「トイレのないマンション」と言われて久しいですね…
フィンランドでは原発の使用済み核燃料を向こう10万年も
貯蔵する施設を造るとか言っていますね。
隣の隣の国がやることだけに無関心ではいられません。

集団的な作業の結果のクオリティという概念は考えると難しいですが、
生活レベルのことであれば、一部の人だけではなく、皆がそこそこ
幸せに楽に暮らしていけるような世の中を作っていきたいです。
言葉にするとあまりにも抽象的になってしまいますが。

  • 2011/08/12(金) 01:24:47 |
  • URL |
  • 菊水 #q01uMFeg
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